インドネシアトヨタ自動車社長・野波雅裕さん

1954年大阪市生まれ。77年、早稲田大学法学部を卒業しトヨタ自動車工業(当時)入社。2009年11月からトヨタ・モーター・マニュファクチャリング・インドネシア社長。一男一女の双子は日本で生活し、妻と猫4匹と暮らす。土日のうち1日は5年前に始めたゴルフ。読書好きで最近おもしろかったのはフリードマン著の「百年予測」。

本社にノーと言える人材育成

2010/8/19

インドネシアトヨタ自動車社長・野波雅裕さん

生まれは大阪だが、日立造船(現ユニバーサル造船)勤務の父親の転勤に伴い、広島県、東京都と移り住んだ。父に連れられ、因島で建造された船の進水式などをよく見た。大学を卒業するときに物を作る企業ばかりに就職活動したのは父の影響もあったと振り返る。

当時はマージャンも好きだったが、「世の中の矛盾にフォーカス」している高橋和己の本などを好み、まじめな人生の議論をした。

17年間所属した人事機能部門でも、最もおもしろかったと感じるのは、議論の巻き起こりそうな組合窓口を担当したとき。組合だけではなく、裁量労働制の議論などを経団連や省庁と行った。

厚生室長時代には、「カフェテリアプラン方式」と呼ばれる選択型の福利厚生制度をいち早く取り入れた。社員食堂や保養所などは利用する人もいればしない人もいる。これらの施設のサービス料を低く抑えるのは「不公平」で、個人が定められた金額を受け取り、施設利用や年金積み立てなどに使い道を選択できるようになったことは、今でも正しい決定だったと感じている。

■環境に適応

初めて海外に赴任したのは2006年の51歳の時。30〜40代のころは、グローバル化する世界の中で海外に行くのもいいと考えていたが、当時は転勤の話はなく、そろそろ国内かなと思うとタイへの異動が命じられた。自ら環境適応型と称する気質で、抵抗はなかったという。

タイでは、アジア豪州地域の生産地域統括会社トヨタ・モーター・アジア・パシフィック・エンジニアリング・アンド・マニュファクチャリング(TMAP―EM)の設立プロジェクトに参画した。

インドネシアに赴任して10カ月足らず。特にナショナルスタッフによる経営の自立化が必要だと感じている。製造会社として、安全性や品質、コストなどのPCDA(計画、実行、確認、行動)サイクルを行うこと、不足する分については支援を仰ぐことができる「製造の自立」は進んでいる。

一方で、経営の自立をすすめるためには、本社の「机の上の理屈」と現場との違いに「ノー」と言える人材を育成することも必要だとみる。そのためには、意思決定プロセスを理解することが重要。設立に尽力したTMAP―EMに派遣するインドネシア人幹部の姿勢が変わっているのを目の当たりにし、成長が感じられることにうれしい驚きがあると話す。

■数年で5割増

国内の自動車需要は旺盛で、今年は71万台の市場になると予想。西ジャワ州カラワン工場はフル稼働で、今年は能力の10万台プラスアルファの生産となる見通し。数年以内には15万台までの拡張が必要と語る。

70万台が5年以内に100万台に30万台増えることで、増加分の半分程度は主力の多目的車(MPV)とみている。残る半分のうち3割は二輪車からエントリー層と呼ばれる低価格車の購入層になると予想。日本の昭和30〜40年の高度成長期の「倍ぐらいの勢い」での伸びになると見通している。まずは国内市場の急激な成長への対応が急務。ゴルフをしないほうの休日は、平日できない仕事をオフィスで片づける日々だ。(インドネシア編集部・今野至)

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